S君への手紙
これは親愛なるS君とS君のガールフレンドへ送ろうと思ってまだ、出していない手紙です。先週の日曜日飛行機の中で書きました。
元気ですか。学院の修了式があり大阪にいきました。その後、伊勢に行き、伊離宮、内宮、外宮へ行ってきました。修了生二十二名と先生(大阪産上神社宮司)と一緒でした。
この手紙は、本当は卒業式ごろに送ろうと思っていたのですが、遅れました。何かの足しになればと思い、書きました。何回目かの卒業生に贈った詩です。小学生に贈ってもと思いましたがそれでも敢えて贈ってしまいました。案外気負って。そして、自分でも、何度も再確認しなければならない事だと思っています。二十歳の柔らかい頭で消化してほしいと思います。
いろんな人がいます。大きく二つに分けられると思います。
やってはいけないとわかっていても(誠の道からはずれている。一般的なルールを無視している)それをやってしまい、手痛い打撃を受けてからようやく理解できるレベルの人。
やる前に知識と想像力で危険な罠に陥らないですむ人。
忘れていました。もう一つの人種がいます。やってはいけないことをやって、手ひどいしっぺ返しを受けても他人のせいにしてまたまた自分の首を絞めてしまう人。
やる前に知識と想像力で誠の道を踏み外さないガードレールとして、大人への入り口にさしかかった、SさんとTさんにはなむけとして贈ります。
愛子への伝言という、長谷川博という人の詩です。
愛子への伝言 長谷川博
愛子、おまえは今、指をくわえながら満足そうに眠っています。そして、隣には、おまえの姉ちゃんの恵が、体をエビのように後ろに反らせ、頭を足につけんばかりに曲げて眠っています。おまえたちの寝顔を見ているときが、父ちゃんにとって一番幸せな時です。
やがて、おまえが成長した時、姉ちゃんが何故寝たきりなのか、何故いくつになってもミルクしか飲まず、体も小さくて、赤ちゃんのままでいるのかと、疑問を持つ時がくると思います。その時のために父ちゃんは、おまえに姉ちゃんが生まれた時のことを伝えておこうと思います。
姉ちゃんは六月の雨の降っている日に生まれました。「生まれたら知らせます」と言われたので、家で待っていました。すると病院から、「保険証を持ってすぐ来てください」という電話がありました。何か胸騒ぎを覚えながら、すぐに病院に駆けつけたら、参加のお医者さんから、「胎盤が早くはがれすぎて、仮死状態で生まれてきたので、今、人工呼吸をしています」と言われました。それから長い時間、雨に煙る外の景色を見ながら、ひたすら待ちました。
夕方になって、今度は小児科のお医者さんに呼ばれて、「とにかく命はとり留めたものの、大きな障害が残るでしょう」と告げられました。そして、お医者さんは、こう説明をしました。
「普通に元気に生まれてきた赤ちゃんを10だとしたら、あなたの赤ちゃんの場合、たぶん1もないくらいだと思ってください。原因はよくわかりませんが、悪いくじが当たったようなものです。ほとんどの赤ちゃんは、元気に生まれてくるものなんですが、どんなに医学がすすんでも、何千人に一人とか二人の割合で、どうしても、こういう赤ちゃんが生まれてくるのです。」と。そして、「今夜のうちに死んでしまうかもしれないし、何年も長く生きるかもしれません。それは、ひとえに赤ちゃんの生命力にかかっています。」とも言われました。その夜、姉ちゃんの事や、そんな子を産んで、産声を聞くこともできず、抱くこともできないまま、一人病室で寝ている母ちゃんの事を考えると、胸がせつなくて、祈るような気持ちで、次のような詩を書きました。
妻に捧げる詩
六月のじめじめした雨の中
おまえは赤ちゃんを産んだ。
その知らせを受け病院に向かう私の胸に
不安の影がよぎった。
胎盤早期剥離
その言葉を医者から告げられた時
私の頭は一瞬空白になった
そして祈った、生きていてほしいと
それから数時間
なんと長く苦しい時間だったろう
ただ祈るしかなかった
どんな子であっても
愛しぬいて育ててあげよう
最後まで見守ってあげよう
おまえが、どんな気持ちで
ベッドの上に寝ているのかと思うと
おまえの手を握って励ましてあげたい。
看護婦さんから赤ちゃんが元気になったと
知らされたとき
神様はいるのだと思った
生きていることが
こんなに素晴らしいことだと言うことを
私の赤ちゃんが教えてくれた。
もしかしたら、おまえが大きくなったとき、友だちに、「おまえの姉ちゃん、変な子なんだってな。」とからかわれるかも知れない。その時は、からかった子を家に連れてきて姉ちゃんを、よく見てもらいなさい。姉ちゃんが一生懸命生きている姿を見て、その子はきっと、人間というものの凄さ、不思議さ、迫力といったものを感じ取ってくれるちがいありません。
まちがっても、姉ちゃんのことで、ひけ目なんか感じないでください。姉ちゃんのおかげで、他の人には経験できない、人間にとって、とても大切なものを学ばせてもらっているという事を、むしろ、誇りに思いなさい。
どんな事があっても現実は変えられない。だから、人間自身をどう変えていくことができるのか、それが、その人間の価値を決めるのだと思います。だから、お前にはその現実をしっかりと見据えて、そこから自分自身の生き方を見つけていってほしいと思うのです。
という事でSさんへの伝言でした。
日本に生きている事に感謝して、
毎日、ごはんを食べられる事に感謝して、
兎に角、呼吸していられる事に感謝して、
生きていられるだけで幸せですという気持ちで神宮に行ってきました。
お体に気をつけて
仲良き事は美しき哉